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磁器散策 − 妥協許さぬ一流の技(佐賀新聞掲載) −
2013年7月1日(月)
佐賀新聞社様から取材を受け新聞に掲載していただきました。 佐賀新聞さんありがとうございました。
掲載内容を抜粋しましたのでご覧ください。
400年を支えて(伊万里・有田焼伝統工芸士)
松葉の1本1本まで、精緻に書き込まれた山水画の下絵に、だみ筆で呉須をのせていく。器の面だけでなく、高台にまで彩られた伝統文様−。磁器の最高峰「鍋島」は、成形から上絵付けまで、全行程で一切の妥協は許されない。1つの作品をつくり上げるのに数ヶ月かかることもある。
「磁器の至宝とされる鍋島をつくるためには全ての工程で一流の技が必要になる」と話す市川浩二さん(52)。成形(ろくろ)・加飾(下絵付け、上絵付け)の3部門全てで、伝統工芸士と1級技能士の資格を持つ。全資格を持つのは、伊万里・有田焼伝統工芸士会でもただ一人だ。
江戸時代、佐賀藩が伊万里市大川内山に置いた御用窯の職人の家に生まれた。先代の父光雄さん(故人、十八代市川光山)は、戦時中の1940年に当時の商工省から「伝統陶芸色鍋島」の技術保存者に認められた名人。浩二さんは幼い頃から父や出入りの職人の仕事を見て育ち、手伝いをしながら「自然と焼き物の世界に入った」。
転機が訪れたのは1982年。九州造形短大美術コースで油彩やデッサンを学んでいた時に父が亡くなり、弱冠20歳で市川光山窯を継ぐことになった。釉薬の調合に関する科学的知識など、「窯元として一から学ぶこが多かった」。22歳からろくろの名人と言われた有田町の故中村清六氏に25年間師事した。家に代々伝わる御用窯の図案帳から鍋島の図案を学ぶなどして技を磨き、93年に十九代市川光山を襲名した。
鍋島の職人として伝統技法を守りつつ、現代の美的感覚にも合うよう、昔の図案をもとに自分なりのアレンジを加える。「1本の線でも余分なものを加えるのではなく、本質的な美しさに迫れるかが一生のテーマ」。目標は「江戸時代の鍋島の再現ではなく、鍋島をさらに一歩進めること」だ。(山口源貴)
(新聞写真左:制作中の作品) (新聞写真右:色鍋島菊牡丹朝顔文尺高台鉢)
家に代々伝わる鍋島の図案を基に、独自のアレンジを加えた作風の市川浩二さん(新聞写真右↑)
いちかわ・こうじ 1961年、伊万里市生まれ。
伝統工芸士と1級技能士で、それぞれろくろ、下絵付け、上絵付けの全3部門認定。
伊万里有田焼伝統工芸士会副会長。
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