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    メ モ 
【海神宮】
「浦島太郎」でいう竜宮城。
【山幸彦】
古事記では火遠理命(ホオリノミコト)、日本書紀では日子彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)という。 


淀姫神社の御祭神


梶ノ葉紋 與止日女命 (よどひめのみこと)

淀姫神社大鳥居 与止日女命はまたの名を豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)といい、海神・大綿津見神(オオワタツミノカミ)の娘にあたります。
 記紀神話では海神・大綿津見神と豊玉姫命は、海神宮(わたつみのみや)にやってきた火遠理命(ホオリノミコト)=山幸彦に、潮の満ち引きを自在に操る「潮満玉(しおみつたま)・潮干玉(しおひるたま)」を与えます。陸に戻った山幸彦は、低い土地や高い土地に田んぼを作りますが、水をつかさどる玉を持っているので、いつも豊作となります。豊玉姫命が五穀豊穣の神様として祀られる由縁です。古来、大川「松浦川」の氾濫に苦しんだ人々が、潮満玉・潮干玉を以って水を自在につかさどりたいという願いが垣間見えるようです。
 また、豊玉姫命は、山幸彦と結婚し身ごもりますが、天の御子を海の中で産むわけにはいかないと、陸に上がり浜辺に茅(かや)の代わりに鵜の羽で産屋を作ります。しかし途中で産気づき、鵜茅葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)を「鵜の羽も葺き終わらないうちに」あっさりと出産されます。このことから、縁結び・安産の神様としても信仰されています。

三ツ巴紋 建御名方神 (たけみなかたのかみ)

 諏訪大明神の名で知られる神様で、古事記では、葦原中国(あしはらのなかつくに)(=日本国)を完成させた大国主命(オオクニヌシノミコト)の御子として登場します。建御名方神は、雷神・建御雷神(タケミカヅチノカミ)が大国主命に国譲りを迫った際に力くらべを申し入れます。この勝負は現在の相撲の起源といわれています。力比べに敗れた建御名方神は、長野県の諏訪に逃れます(現在の諏訪大社)。
 中世には、“武神 ”として武将の信仰を集めたり、狩猟の守護神として猟師の信仰を集めました。当社に伝わる「眉山の獅鬼退治」において、獅鬼の頭を矢で射ぬいたのはこの諏訪大明神であるといわれています。武運長久・必勝成就の神様です。
  獅鬼退治伝説

梅鉢紋 菅原道真(すがわらのみちざね)公

 菅原道真公は平安時代の学者であり、特に詩歌や書道に優れた人物でした。時の宇多天皇に重用され右大臣にまで昇りますが、大宰府へ左遷され、そこで没します(太宰府天満宮)。
 道真公の死後、京には天変地異が相次ぎ、これらを祟りだと恐れた朝廷は、京都の北野に北野天満宮を建立し道真公の祟りを鎮めようとしました。
 以来、天神信仰は全国に広まり、現在は学問の神様として親しまれています。
北野天神縁起絵巻
(北野天神縁起絵巻/北野天満宮蔵)

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